公園
Aさんの話
にこみさん、怖い話とか不思議な話を集めてらっしゃるんでしょう?
私、そういえば思い出したことがあって。
その頃私は大学3年生で、夜遅くまでやっているカフェでアルバイトをしていました。だいたいの飲食店がそうだとは思うんですけど、夜シフトのほうが時給が良いじゃ無いですか。なので、私と同世代の学生の多くは夜に働いていたんです。
夜シフトの時は片付けをして、精算して、翌日の仕込をして…とやることが色々あって、お店を出る頃には日付を越えていることもザラにありました。変質者も多い地域だったので、安全のため1人では帰らずに他のアルバイトの子たちと自転車で一緒に帰るようにしていました。
ある日、彼氏とデートをして、そのままバイト先まで送ってもらった時があって。自転車はアパートに置いているので、バイト後に徒歩で帰らなくちゃいけなくなったんです。しかも帰る方向が同じ子が、たまたま誰もシフトに入っていなくて。彼氏も明け方までアルバイトをしていたので迎えを頼むことも出来ず、仕方なく1人で帰ることになりました。
アルバイト先からアパートまでは、歩いて約15分。途中まではコンビニとか飲食店などが多くあるので賑やかですが、住宅街に入ると街灯がポツポツとあるだけの、暗く寂しい景色が広がります。平日の深夜は人通りも少なく、シーンと静まり返った中に私の足音だけが響いていました。
あと、怖がりな私は道中にどうしても苦手な場所があって。
それが、公園、なんですけど。
錆びれた柵に囲まれた、申し訳程度に遊具のある小さな公園です。そこ、公園の奥の方にお地蔵様みたいな見た目をした、少し大きい象が建てられてるんですよ。祭壇みたいな形の台座も造られていました。昼間に見るとどうってことないんですけど、夜は暗闇に佇む仏像が怖くて、自転車で帰る時もその公園の前を通る時はそちらを出来るだけ見ないようにして帰っていました。
歩いて行くと、左手にその公園が見えて来ます。自転車で走り去れないとなると、いつもより一層不気味に、禍々しく見えます。うわ、怖いな。私はできるだけ早足で、いつものようにそちらを見ないようにして通り過ぎようとしましたが、
キィ
不意に音がして、足を止めてしまいました。
なにか錆びれた、金属が擦れるような音。
一瞬なにかわからなかったけれど、よくよく聞くとそれはブランコの揺れる音でした。
え?
思わず公園のほうに視線を向けてしまいました。
見ると、子どもがブランコの上に立っています。
所謂立ち漕ぎという体勢で。
私の方に背を向け、キィ、キィ、と音を立てながら、5歳児くらいの子どもが、ブランコを漕いでいました。
私は思わず手元のスマートフォンを見ます。0時30分になろうとしていました。
どう考えても、子どもが公園で遊ぶ時間帯ではありません。
訝しんでいると、
「まぁ…ま」
子どもが声を出しました。妙に張りのある、少し高めの男の子の声。
最初の一声を皮切りに、まーま、まーま、と一定の間隔で、変わらずブランコを漕ぎながら恐らくまま、と母親を呼んでいます。
母親?
目線を軽く下げると、立ち漕ぎをする子どもの隣のブランコに、誰か座っています。子どもと同じように私に背を向け、力なく項垂れたようなそれは、子どもの声に反応することはありません。ただ、そこに居るだけで。
まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まーま、まー
心臓がバクバクと音を立て始めました。このままここにいてはいけない。はやく。はやく帰らなきゃ。そう思うのに、私の足はすくんで動きません。シーンと静まりかえった住宅街に、子どもの声だけが響いて、なのに、母親は変わらず応えなくて、俯いたままで。
もう一度母親の方を見て、私は気づきました。
その人、項垂れてるんじゃなかったんです。
首から上が、無かったんですよ。
本来頭のある位置には、黒い空間だけが広がっていて、奥の仏像が街灯に照らされてぼんやりと浮かんでいました。
ああ、だから、応えてあげられなかったんだね。
気づいたら私はアパートに戻っていました。
不思議とあまり怖い思い出として残っていないんです。ほら、口が無かったら、返事もできないし、本当は応えたかったんだろうけど、彼女も仕方なかったんだろうなって。
あんまり怖くなくて、すみませんね。
Aさんはそう言って、妙に納得感のある表情で、膨らみかけたお腹を愛おしそうに撫でていた。
2022.4.24
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